カテゴリー「城下町・宿場町」の21件の記事

2017年9月 4日 (月)

中山道を歩く~愛知川宿から武佐宿へ~その②

2017年7月30日中山道愛知川宿から武佐(むさ)宿まで約10㎞を歩いた。
旧中山道は、「清水鼻の名水」横を通った後、新幹線と国道8号の工事のため壊滅している。しばらく国道8号を進むと、「奥石(おいそ)神社」の大きな標識が見える。そこで国道8号を横断すると旧中山道に復帰する。
  ↓国道8号を渡り旧中山道に復帰。中山道の石標と奥石神社の標識
20170730_109

続きを読む "中山道を歩く~愛知川宿から武佐宿へ~その②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月24日 (木)

中山道を歩く~愛知川宿から武佐宿へ~その①

2017年7月30日中山道の第65宿愛知川(えちがわ)宿から第66宿武佐(むさ)宿まで約10㎞歩いた。
愛知川宿のすぐ先は五箇荘で、近江商人発祥の地と言われている。近江商人は、てんびん棒を肩に全国を回り大商人に成長した。
       
↓旧中山道と国道8号線の交差点に建つ「てんびんの里碑」

20170730_97

続きを読む "中山道を歩く~愛知川宿から武佐宿へ~その①"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月13日 (土)

中山道を歩く~醒ヶ井宿・番場宿・鳥居本宿

2017年5月4日。中山道近江路の醒井宿(第61番宿)から番場宿(第62番宿)を経由し鳥居本宿(第63番宿)まで約8.2㎞を歩いた。醒井宿は昨年8/25に、鳥居本宿は11/6に訪ねている。

JR醒井駅から約1時間、北陸道の高架下先の小さな公園に「中山道・一里塚の跡」碑があった。
            
↓久禮(くれ)一里塚跡碑
            
20170504_25
番場宿地図↓

A621

続きを読む "中山道を歩く~醒ヶ井宿・番場宿・鳥居本宿"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年2月 3日 (金)

鯖街道~朽木宿・熊川宿・小浜宿~その②

2016年11月20日若狭街道(鯖街道)の朽木宿からバスで福井県若狭町の「瓜破の滝」を見学後、旧若狭街道(鯖街道)を歩いて熊川宿へ。

旧若狭街道沿いの天徳寺境内奥の湧水から生ずる滝があった。「夏に瓜も割れる程に冷たい」ところから「瓜破の滝」と名付けられている。説明板には「滝の清水は五穀成熟、諸病退散の効あり」とある。滝の周辺は水の森と呼ばれており、修験者の修行地で、神聖な雰囲気が漂っていた。
                  
↓瓜破の滝                                               
20161120_63

続きを読む "鯖街道~朽木宿・熊川宿・小浜宿~その②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月27日 (金)

鯖街道~朽木宿・熊川宿・小浜宿~その①

2016年11月20日「鯖街道いいとこどりウォーク」に参加した。
若狭街道(鯖街道)は、若狭国(小浜)から京の都に通ずる道で複数あった。
「小浜に水揚げされた鯖を一塩にして、牛馬で熊川宿まで運搬し、熊川宿から行商人達が鯖を背負い京都まで歩いて運び、夜明け前に小浜を出発した鯖は、夕方に京都に到着をしたと言われる。」
平安時代初期から約一千年の間、若狭の一塩鯖がこの道を通って運ばれ続けたことになる。若狭街道が鯖の道、鯖街道と呼ばれた所以だ。
鯖街道 小浜~熊川~朽木~花折峠~途中峠~出町柳
今回はバスで朽木→瓜破の滝~熊川→小浜と移動し、それぞれで散策をした。
        ↓小浜と京を結ぶ道
Map2b1_2

 

続きを読む "鯖街道~朽木宿・熊川宿・小浜宿~その①"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月19日 (木)

中山道を歩く~鳥居本宿・高宮宿~その②

2016年11月6日近江路中山道を鳥居本宿から高宮宿まで歩いた。その②は岩清水神社から南、高宮宿近辺を記す。
岩清水神社を少し行くと、街道沿いに鳥籠山(ちょうろうざん) 唯称寺(ゆいしょうじ)がある。
室町時代に天台宗から浄土真宗に改宗した。日本の寺は、昔はよく改宗をした。改宗で僧侶や檀家が反対したとかもめたという話は聞いたことがない。僧侶や檀家にとって宗旨は何なのか?
                ↓唯称寺 (彦根市大堀町)
20161106_178

続きを読む "中山道を歩く~鳥居本宿・高宮宿~その②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月11日 (水)

中山道を歩く~鳥居本宿・高宮宿~その①

近江国を通る中山道の宿場は、東から柏原・醒井・番場・鳥居本・高宮・愛知川・武佐・守山・草津・大津である。草津で東海道と合流し京都三条へ続く。
2016年11月6日鳥居本宿から高宮宿まで歩いた。

鳥居本宿の中山道沿いにこんな看板が掛かった家が数件あった。ここは「合羽所 松屋」看板は合羽をたたんだ形だ。20161106_59「鳥居本宿には、雨の多い木曽路に向かう旅人のための雨具を扱う合羽所が15軒もあった。鳥居本での合羽の製造は1970年代に終焉した。」看板のみを残し、産地の歴史を伝えている。
ここ松屋は「戦後縄づくりに転業した。2001年に家の構造はそのままに改修した。」
             ↓合羽所・松屋
20161106_61

続きを読む "中山道を歩く~鳥居本宿・高宮宿~その①"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月29日 (木)

中山道を歩く~柏原宿・今須宿・関ケ原宿~その②

2016年11月2日。「中山道を歩く~柏原宿・今須宿・関ケ原宿その①」では近江国柏原から美濃国今須に入り今須峠を進むところまで。
峠を下ると線路に出る。東海道本線だ。山中踏切を渡り、山際を走る線路沿いを進む。      ↓東海道線山中踏切
20161102_108_2中山道の左手にひっそりと佇む祠がある。「常盤地蔵堂」とある。
「義経の母の常盤御前は、東国に走った義経を案じ後を追ってきた。ここ山中(やまなか)で土賊に襲われて命をおとした。哀れに思った里人がここに葬り塚を築き、塚の近くに地蔵堂を安置した。」(説明板)
                    ↓常盤地蔵堂
20161102_113_3↓「常盤御前の墓」は地蔵堂を300m程行き脇道を入った所にあった20161102_121_4「平治物語」「義経記」などで物語られる常盤御前の墓は、群馬県前橋市、鹿児島県郡山町、埼玉県飯能市など各地にあるようだ。

続きを読む "中山道を歩く~柏原宿・今須宿・関ケ原宿~その②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月23日 (金)

中山道を歩く~柏原宿・今須宿・関ケ原宿~その①

2016年11月2日中山道の柏原(かしわばら)宿から今須(います)宿・関ケ原宿まで歩いた。
京を起点とする東海道は近江の草津まで行って東に折れる。なお草津から北上を続ける道が中山道だ。草津からの宿場は、南から草津、守山、武佐、愛知川、高宮、鳥居本、番場、醒ヶ井、柏原(ここまでが近江国次からが美濃国)今須、関ケ原だ。
柏原宿と今須宿の間に「寝物語の里」がある。

(今年の7月31日に行った柏原宿は8/26に発信している。)

「中山道・柏原宿」http://yama07.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-d084.html#more
                        ↓寝物語の里20161102_43

この細い川(溝?)が中山道の道幅を横切っており、溝の右側が近江(滋賀県)で左が美濃(岐阜県)だ。
「国境にある溝を挟んで旅籠があり、寝ながら他国の人と話し合えた」等地名の起源は諸説あるようだ。

続きを読む "中山道を歩く~柏原宿・今須宿・関ケ原宿~その①"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月27日 (木)

中山道・守山宿から草津宿へ~その②

2016年10月8日守山宿の「今宿一里塚」から草津宿まで歩いた。
草津宿は、中山道と東海道の分岐・合流点でその分かれ目に立つ「追分道標」↓
火袋付き常夜燈には「右東海道いせみち 左中仙道美のぢ」と刻まれている。
20161008_157

続きを読む "中山道・守山宿から草津宿へ~その②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)