カテゴリー「ウオーキング、ハイキング」の298件の記事

2018年5月13日 (日)

友ヶ島

2018年4月19日 ハイキングクラブ満歩会で友ヶ島に行った。
和歌山県加太沖、紀淡海峡に浮かぶ無人島群の沖ノ島・地ノ島・虎島・神島、この四島を総称して友ヶ島と呼ぶ。

太平洋と大阪湾を結ぶ紀淡海峡にあるため、かつて国防上重要な島だった。幕末には紀州藩の友ヶ島奉行が常駐するようになり。明治21年(1888)から陸軍が入って、太平洋戦争終結まで一般人は近づけなかった。
沖ノ島には6カ所の砲台跡が
残されている。
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2018年3月21日 (水)

大阪市西区川口地区を歩く

2018年3月1日 満歩会で安治川と木津川に挟まれた大阪市西区川口地区を歩いた。
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2017年12月31日 (日)

五條新町周辺を歩く~その②

五條新町は江戸幕府が成立してすぐ、二見城主松倉重政が五條と二見の間(吉野川の北岸)に形成された新町村を町場として発展させた城下町を起源とする。
御霊神社(二見5丁目)近辺からみる吉野川、大きく蛇行している。
      
↓地図には「曲がり淵」とある
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野川は何度も氾濫した。↓氾濫から町を守った石垣が残っている20171207_154

新町通りから南(吉野川方向)を見る、ずっと先の突き当りが現在の堤防

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2017年12月25日 (月)

五條新町周辺を歩く~その①

2017年12月7日ハイキングクラブ満歩会で奈良県五條市に行った。JR和歌山線五条駅から、江戸時代の街並みが残る五條新町周辺を巡った。

奈良県南西部の五條は、吉野川流域に位置し吉野川の水運や紀州街道、伊勢街道等交通の便に恵まれ南大和の政治経済の中心だった。五條新町は、宿場、商業の町として栄えた往時を偲ばせていた。

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2017年11月18日 (土)

奥大山・木谷沢渓流と大山ブナの森ウォーク

2017年11月5日、新大阪発の日帰りバス旅行「奥大山・木谷沢渓流と大山ブナの森ウォーク」に参加した。この日は暖かく、晴天に恵まれ、紅葉する大山の中腹を気持ちよく散策した。

大山は標高1709mで中国山地最高峰だ。
まず大山南側の奥大山・木谷沢渓流に行った。
豊かな水量の渓流は、紅葉した木々の間を音をたてながら流れていた。水はあくまでも清冽だ。私は知らなかったが、近くにサントリーの天然水の工場があり、木谷沢渓流を歩く宇多田ヒカルのコマーシャルで有名になり人気のスポットらしい。この日も多くの観光客が来ていた。
                
↓木谷沢渓流
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           ↓周囲は保水力の高い紅葉したブナの林20171105_44


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2017年11月11日 (土)

嵯峨谷里巡りハイキング

2017年11月3日和歌山県橋本市主催の「第八回嵯峨谷里めぐりハイキング」に参加した。JR和歌山線高野口駅から「ふるさと体験村」までの往復約14㎞を歩いた。

高野口は和歌山県北東部に位置し、平安時代後期から高野山への参詣口の一つとして栄えた。明治34年(1901)名倉駅(現高野口駅)が設置され、その後高野山参りの客が多く集まるようになり、旅館、土産物屋、飲食店が軒を並べた。この賑わいは大正14年(1925)南海高野線が高野下駅に開通するまで続いた。
            
↓木造の高野口駅
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駅前には賑やかだった往時の雰囲気を残す旅館・葛城館↓が残っていた。木造三階建、北と東が全面ガラス窓の入母屋造。明治後期の建設

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2017年10月30日 (月)

京街道~高麗橋から千林まで

2017年10月14日歴史街道倶楽部「歩いてたどる歴史街道の旅~京街道シリーズ~第一弾 高麗橋から千林まで」に参加した。

淀川左岸を通る京街道は、豊臣秀吉が大坂と伏見に築城した際、大坂、伏見間の近道として築いた「文禄提」に始まる。秀吉時代の起点は、大阪城京橋口でしたが、徳川幕府の「五街道制定」によりその起点は東横堀川に架かる高麗橋となった。
(注)文禄堤
(ぶんろくつつみ)~文禄年間に秀吉が建設した淀川左岸の堤防堤。現在の枚方市から大阪市長柄までの27㎞。

今回は高麗橋をスタートし、八軒家浜跡を通り東へ進み、大坂城を右手に眺め、京阪京橋駅付近を通過、関目七曲りを通って千林までの約7.5㎞だ。


  ↓高麗橋~千林村 (明治18年の測量図)Kyobashi_001s_3

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2017年10月21日 (土)

高野参詣道・黒河道を歩く

2017年9月30日「はしもと歴史いきいきウォーク」で 高野参詣道 黒河道(くろこみち)の一部を歩いた。高野参詣道は「高野七口」と呼ばれる七つの街道があり、黒河道はその一つ。
2016年10月世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録がされた。


「祝 世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道  追加登録 決定」の垂幕が黒河道入口近くに掲げられていた。↓

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2017年10月 3日 (火)

山門水源の森

2017年9月2日滋賀県長浜市西浅井町の「山門(やまかど)水源の森」に行った。滋賀県の北部、標高約300mに里山に囲まれた大きな湿原があった。湿原は氷河期の遺存種のミツワガシ、サギソウ等貴重な植物の宝庫だった。
                 
↓サギソウ
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2017年7月 4日 (火)

木津川沿いの東海自然道を歩く

2017年6月1日ハイキングクラブ満歩会で京都府笠置町の笠置駅から木津川沿いの東海自然道を南山城村の大河原駅までの約8㎞を歩いた。

笠置町:京都府の最南端の相楽郡の東部に位置し、南に笠置山系、北に国見岳に連なる山々が迫り、さらにその間に木津川が東西に貫流している。

木津川:古代は平城京の都城造営のための用材が上流部からいかだに組んで流した。江戸時代は舟運による物資の運搬に大きな役割を果たした。
現在は、上流にダムができ水量が調節されている。
              
↓木津川

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